今回初めて精神保健福祉センターが主催する「つながるfesta」に登壇した。私はこの上ない緊張を感じて会場の空気などはさっぱり分からなかったが、センターの職員さんにお聞きしたところ好評に終わったということで嬉しく思った。
現時点の自分を言語化するのに多くの経験を要してきたが、この度やっと病識のなさ故に衰えてきた私が、自分は凡人だと言い切ることができたように思う。
話終えて顔を上げると、みなさん真顔だったように見えた。感想は各々の中に。
あまりうまく表現は出来ないけれど、マイナスからゼロへ戻す機会は与えられ、マイナスとゼロの距離がとても近くなった。「克服」ではなく、それはただの自分を話すということに挑戦できたということが自分にとっての克服だったのでは、と感じる。
難しかったのは、安直に自分が馬鹿だと言うことではなく、自分が凡人だと伝えること。私にとっては人生一の大舞台だった。
話は変わるが、それを出来る人はどこで正しさからズレる自分を許す事が出来たのだろう。正しさにこだわることで何かに憑かれることはあると思うが、自分が狂わずに正しさから外れることをどこで体得したのだろう。
自分に憑いたものを認識して優しく手放すことが上手いということなのだろうか。憑かれたものに言い聞かせられないほど生活するということなのだろうか。
私が「つながるfesta」の第1部で言っていた「正しさ」に違和感を覚えている。自分が正しいと言ったことは何だろう。人といるときに感じる正しさとは何だったのだろう。
身に付けた「習わし・慣し」とすれば、その環境でその時は「正しかった」とされていたことか。それを私は「それらしさ」と思うことにした。「それらしい」ということに宿る蜃気楼で、そこに向かっても行きつかぬ嘘のような、希望のような、迷路のような。